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文学を語らずして政治を語るなかれ 〔不破利晴〕

     

 政治家には文学の教養が必要だ

 政治家の素養として意外に見過ごされがちであるが故に、世間の政治家たちのほとんどが身につけていない素養、資質というものがある。

 それは小説・文学に対する素養、資質、つまりは教養である。

 政治家は現実世界を扱う活動の究極だから、基本的にフィクションである小説・文学の資質などなくとも構わないと受け止める人もいるかもしれない。もし、あなたが仮にそのように思ったとしたら、あなたは明らかに誤解している。このような思い込みは、これすなわち人生の大切な半分は失っている可能性すらあるので悪いことは言わない、ここは虚心坦懐に小説・文学世界に触れてみることを強くお勧めする。

 では、なぜ故に政治家にとって小説・文学の教養が必要なのかと言えば、一つには、「政治家は言葉を駆使する担い手である」こと、二つには、政治家は「現状認識の可能性を追求する担い手である」からだ。
 政治家が「言葉を駆使する担い手である」ことについてはほとんど全ての人が理解できると思われるが、「現状認識の可能性を追求する」というのは何なのか? 今回はこのことについて考えてみる。

立花種久という特異な作家が存在する

 1月12日の東京新聞「こちら特報部」は、小説家・立花種久氏をとりあげている。この「立花種久」という名前を聞いてピンとくる方は皆無のはずだ。もちろん私も初めて知った書き手である。なぜなら、立花種久氏は全く売れない無名の小説家だからだ。

画像出典: 2015年1月13日 東京新聞「こちら特報部」

画像出典: 2015年1月13日 東京新聞「こちら特報部」

 東京新聞「こちら特報部」の何が面白いかと言えば、今回のように時々意味不明というか、意味深な記事を掲載するところにある。今回は「不屈の詩」と題して売れない小説家を取り上げているところをみると、どうやら無名ではあるが何かに向かって地道にがんばっている人々を書くのだなということは大体の予想はついた。それにしても、この手の特集はやはり興味深いものがある。

 立花種久氏は天木直人氏と同じ1947年生まれで、今年68歳になる。結婚はしておらず、東京都品川区のマンションの一室で、膨大な書籍に囲まれながら現在も執筆活動を続けている。立花氏は大学卒業後、交通関係の専門紙に就職し毎日少しずつ小説を書くことを日課としてきた。その間、同人誌に所属したり文学賞に応募するなどしたが、立花氏には肌合いが合わず、また文学賞にもことごとく無視されてきた。
 両親は既に亡くなり、自宅を売って新潟県越後湯沢にマンションを買った。現在は生活拠点の越後湯沢と、仕事場である品川区のマンションを行き来しながら小説を書く日々を過ごしているが、読者と呼べる者は極めて少数である。彼はほんのわずかな読者のために小説を書いていると言っても過言ではない。

 そんな立花氏の作風は、こちら特報部によればどうやら万人受けはしないようである。例えば、最新作『妖星を見た日』(れんが書房新社)[※1] の内容をこちら特報部では次のように紹介している。
[※1:http://amzn.to/1BaiSzt]

 《主人公はアパートの一室に事務所がある「『今日の友』社」の社員だが、一人で事務所にいるだけで何も仕事はない。ある時、不意に電話がかかり、相手は「今日の友は明日の敵」と言って切れる。現実か夢かと思い悩むうちに再び電話がなり、同じことを告げられる。場所はなじみの飲食店に切り替わり、女性店員と「性的不能」について話す。それが夢と我々かって目を覚ますと、事務所で電話が鳴り続けている――。》

 どうだろうか?
 非常に前衛的、アヴァンギャルドな匂いが充満している予感十分だ。私は早速Amazonにて立花氏の『電気女』(パロル舎)を注文した。
[※2:http://amzn.to/14OGX29]

 この『電気女』には内容に関するあらすじといった紹介は一切なく、星5個のカスタマーレビューが1件掲載されているのを確認。そこには次のような文面が記されている。

 《寝床で読むと3ページもいかないうちに夢の中へ。
  しかし内容を理解するためには、
  早朝あたまがすっきりしているうちに読むべきだ。

  内容は無い。
  読後になにも残らない。
  この本は文字を目で追い、
  ことばの海をたゆたう、その行為自体に意味がある。》

 この感覚、私個人的にはどこかで味わったことがある。そうだ、それは筒井康隆である。彼が小説に従来備わっていなかったエンターテイメント性を混ぜ込んだとする実験的小説『ダンシング・ヴァニティ』である。
 この作品の最大の特徴は、同じ情景描写が繰り返し出現するフラクタル構造を内包し、独自のペースで超現実的な物語が展開してゆく点にある。私も実際読んでみたが、安部公房の超現実的感覚を髣髴とさせるとても面白い作品だった。ちなみに安部公房の未完の作品『飛ぶ男』なども大変面白く、『ダンシング・・・』も安倍作品の影響を少なからず受けたと考えられ、そして立花氏自身、安部公房のファンであることは見逃せない。

 《「ねえ。誰かが家の前で喧嘩してるよ」浴衣姿の妹がおれの書斎に入ってきて言った。
 書斎は裏庭に面しているので、前の通りの物音はほとんど聞こえない。それでもかすかに地底で大勢が呻き、叫ぶが如き不吉な音声が聞こえて来てはいたので、おれは妹に言った。「みんなを奥の間につれて行け。とばっちりを受けるとつまらんからな」
 (中略)
 「ねえ。誰かが家の前で喧嘩してるよ」妹が廊下との境の襖を開けて入ってきた。
 前の通りの物音はほとんど聞こえないのだが、それでもさっきからかすかに銃声のような物音が聞こえて来てはいたので、おれは妹に言った。「みんなを奥の間につれて行け。とばっちりを受けるとつまらんからな」
 妹は二重顎で頷き、肥ったからだを廊下に向けた。でかい尻だ。この妹は離婚し、七歳の娘をつれてこの実家に出戻ってきた。離婚の理由は分からないが、この肥満も原因だったのではないかとおれは思っている・・・》
~筒井康隆『ダンシング・ヴァニティ』(新潮社)[http://amzn.to/1tZgdlX]~

この世に確固たる現実など存在するのか?

 私が東京新聞「こちら特報部」の記事をきっかけに立花種久氏を語り、立花氏の最新作品を紹介し、実際に立花氏の作品を注文し、そのレビューにも触れ、さらに筒井康隆作品にまで話を展開させたついでに安部公房の作品にも言及したのは、一重に「文学を語らずして政治を語るなかれ」という基本コンセプトをまず最初に私自ら立ち上げ、それは「現状認識の可能性を追求する」ために、それを検証する作業であったはずだ。

 そして、この「現状認識の可能性を追求する」という検証のためのモチーフがこれらの前衛小説、アヴァンギャルド文学群なのである。
 これら作品での現実とはどれもが「超」現実であった。つまり、ここで想定される現実とは一般人が想像するような平穏な現実では有り得ない。

 立花種久氏が小説で最も表現したいのは、実は「唯一で、確固たる現実なんて存在しない」ことだという!

 立花作品のコンセプトはどうやら全てここに結実している。そして、この感性こそ、政治家が常日頃念頭に置き、肝に銘じておくべき基本的感性なのだろうと、私はハッと気がついたのである。最近の政治的潮流としてリアリズム・地政学といった現実主義的・現実的思想がいわば流行のように頭角を表わしてきている時代を鑑みるとなおさらその想いを強く抱かざるを得ない。

 日本では地政学、リアリズムの目下のところの第一人者は奥山真司氏でほぼ間違いないと思われる。奥山氏はカナダの大学、そしてイギリスの大学院にて戦力思想を学んだ数少ない日本人の数少ないひとりである。
 エドワード・ルトワック、ジョン・ミアシャイマー、マーティン・ファン・クレフェルト、クリストファー・レインといった錚々たる顔ぶれの戦略思想家、戦略研究家の翻訳を手がけ、自らも地政学に関する書籍を出版するなど、地政学・リアリズムの世界に多大なる貢献をしている。以前紹介させていただいた北野幸伯氏も、リアリズムの系譜に属する類稀なる才能の持ち主である。

 私はこれらの人々の活動に最大限の賛辞を表明し、自分なりに応援もしている。日本ではこれから先、地政学・リアリズムが主流になるのは時間の問題だと予想するからである。そして、言うまでもなく私自身もこの手の学問に手を広げている。

 しかし、このような戦略思想に落とし穴があるとするば、上述した「唯一で、確固たる現実なんて存在しない」という真理だ。これなくしては地政学も単なる戦争のための戦争を目的としてツールになりかねない。しかし、地政学をベースにした学問が国家戦略を策定するものであって、それが即戦争へと向かうことを目的とはしていないはずだ。国家戦略は或る日を境に固定化されるものではない。常にアップデートされるものだ。

 なぜならば、「唯一で、確固たる現実なんて存在しない」からだ。

 この真理が戦略家や軍人から発信されなかったのが残念でならない。と同時に文学者の役割はまだまだ終わっておらず、社会との設定は残されていることを示唆して余りあるものだと期待したい。まだ「言葉」が崩壊していない以上、国家はまだ崩壊するには早すぎる。

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COMMENTS & TRACKBACKS

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  1. 通りすがる人

    「獺の日」も面白いですよ。
    にわかファンですが、
    立花 種久さんは数年ごとに、ふと読み返したくなる作家です。

  2. また再び丸山健二を読み始めたよ。素敵な経験だ。

  3. 電気女を注文したら、品切れでキャンセルされた(泣;)

  4. 意味などない
    素敵な世界観だ

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