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昭和天皇と米軍沖縄基地 〔不破利晴〕

     

 《防衛省沖縄防衛局の職員は二十二日午後、事前連絡もなく県北部土木事務所(名護市)に現れ、辺野古移設に反対する市民や報道陣を避けるように申請書類入りの段ボール箱を運び込んだ、という。

 政府は環境影響評価書を送った際も、書類の入った段ボール箱を夜陰に乗じて県庁に運び込んだ経緯がある。このような形でしか進められない手続きは、移設反対派との混乱を避けるためとはいえ、県内移設がいかに理不尽なものであるかを象徴している。

 埋め立ての許可権を持つ仲井真弘多県知事は、辺野古への県内移設が「事実上不可能、無理だ」と繰り返し強調してきた。知事が判断する際に意見を聞く、地元・名護市の稲嶺進市長も、辺野古への移設に反対を明言している。

 県議会議長や県内四十一の全市町村長、議長らは一月に連名で、普天間飛行場の閉鎖・撤去と県内移設の断念を求めた「建白書」を安倍晋三首相に手渡した。県内移設反対は沖縄県民の「総意」だ。

 仲井真知事が埋め立てを許可できる状況にないにもかかわらず、なぜ政府は申請手続きを強行できるのだろう。なぜ、辺野古移設に反対する沖縄県民よりも、米政府の意向に従おうとするのか。》
~2013年3月26日 東京新聞・社説(抜粋)~

 米軍沖縄基地は戦後に始まり、今もこうして存在する。
 一体なぜ沖縄ばかりに米軍基地が集中するのか?
 なぜ沖縄ばかりが不遇な目に遭わねばならないのだろうか?

日本国憲法第四条〔天皇の権能の限界、天皇の国事行為の委任〕
1.天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行い、国政に関する権能を有しない。
2.天皇は、法律の定めるところにより、その国事に関する行為を委任することができる。

 日本国憲法をあらためて見るまでもなく、現在の日本において天皇が政治に関与することは憲法によって固く制限されている。これは日本国憲法が公布された 1946年11月3日から現在に至るまでまで何ら変わっていない。さらに、この憲法の上論において時の昭和天皇裕仁は「朕は、日本国民の総意に基づいて、 新日本建設の礎が、定まるに至ったことを、深くよろこび、・・・」との言葉を刻みつけている。ちなみにこの時の内閣総理大臣は外務大臣も兼務していた吉田 茂であり、国務大臣は幣原喜重郎である。

 憲法の公布に先立って、同年4月10日に戦後初の総選挙で勝利した当時の自由党総裁・鳩山一郎は、組閣の直前にGHQから公職追放されている。このとき 水面下で活動していたのがGHQ参謀第2部(G2)であり、G2は吉田茂を指示する立場にあった。そして、吉田茂は外相も兼務しつつ総理大臣にのし上がっ たのである。

 こうしてみると、日本国憲法・GHQ・吉田茂のトライアングル周辺は何やらきな臭さが漂っていたのが分かる。そして、それはその後の昭和天皇の不穏な動きとなって現れた。

 天皇は政治に関与してはならないことを確認した。しかし、アメリカの公文書館から天皇の当時の政治活動に関する驚くべき資料が発見されている。
 当時、天皇の側近であった元外交官・寺崎英成が、GHQに宛てた昭和天皇からの極秘メッセージである。そこにはGHQの沖縄統治に関する天皇自身の考え がありありと記されている。ちなみに、以下に引用する覚書を記したのは、マッカーサー司令部政治顧問のシーボルトである。

 「マッカーサー元帥のための覚書」(1947年9月20日)
 天皇の顧問、寺崎英成氏が、沖縄の将来の考えを私に伝える目的で、時日をあらかじめ約束したうえで訪ねてきた。寺崎氏は、米国が沖縄その他の琉球諸島の軍事占領を継続するよう天皇が希望していると、言明した。

 さらに天皇は、沖縄(および必要とされる他の諸島)に対する米国の軍事占領は、日本に主権を残したままでの長期租借 - 25年ないし50年 - あるいはそれ以上 - の擬制(フィクション)にもとづいてなされるべきだと考えている。

 衝撃の内容である。
 端的に言って、昭和天皇はGHQに対し「沖縄を半永久的に軍事占領して欲しい」と伝えているのである。
 さらに、この発言に先んじて憲法公布後のわずか3日後には「日本の安全保障を図る為にはアングロサクソンの代表者である米国がそのイニシアティブをとる ことを要する」といった発言もしている。これは当然政府や外務省も何ら決定していない重要な政治的判断である。昭和天皇は独断で高度な政治行為といった憲 法違反を犯していたことになる。これは天皇による「二重外交」そのものだ。

 実は昭和天皇とマッカーサーは11回にわたり直接会談をしていたことが現在分かっている。特に終盤の第9回会談と第10回会談で露出してくるのは、天皇の自己保身、天皇制・天皇家への飽くなき執着である。
 「ソ連による共産主義思想の浸透と、朝鮮に対する侵略がある」(第9回会談)
 「米国は極東に対する重点の置き方が欧州に比べて軽いのではないか」(第10回会談)
 「日本共産党は巧みにソ連のプロパガンダを流し、日本国民の不満をかきたてている」(第10回会談)

 そもそもマッカーサーは少なくとも初期の段階において、日本の再武装については極めて否定的な立場をとっていた。言うなれば日本を完全非武装化し、「極東のスイス」たらしめようと考えていた。そのような中で、昭和天皇はマッカーサーに対し”渇”をいれた格好になる。

 前提条件として、ソ連を象徴とする共産主義は天皇制・天皇家にとって最大の脅威として映っている。そのような中で、日本の防衛と天皇制への防衛はまった く同じ意味を成すようになる。したがって、天皇が生き残るためには米軍による日本防衛は必須条件となった。そのための「犠牲」として差し出されたのが、言 うまでもなく「沖縄」だったのだ。

 当時の日本国民にとって天皇は絶対的な存在だったし、それを米国も十分に認識していたからこそ、天皇が差し出した沖縄案にまんまと乗ることもできたのだ。
 つまり、米軍沖縄基地問題とは、昭和天皇による天皇家保身のための「棄民政策」だったのだ。

基地はなぜ沖縄に集中しているのか
NHK取材班
NHK出版
國破れてマッカーサー (中公文庫)
西 鋭夫
中央公論新社
畏るべき昭和天皇 (新潮文庫)
松本 健一
新潮社
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