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天安門事件に向き合えない中国は日本の歴史認識を批判する資格があるのか!? 〔不破利晴〕

     

 語るに落ちるとはこのことだ。
 中国という国家はわずか25年前の天安門事件すら直視しようとしない。
 要するに、中国ではこの事件は ”なかった事” になっているという現実がこの国家の救い難さを如実に物語っている。このネット時代に歴史を隠し通せると思っている国家など、中国以外にあるとすれば北朝鮮ぐらいのものだろう。

 つまり、中国とは北朝鮮と五十歩百歩の連中ということだ。

 天安門事件において中国政府当局は上に向けて威嚇射撃をしたと言い、現場にいた人民は銃口は水平ないし下を向いていたと言う。水平であれば中国はあから さまに国民を射殺する国家であると言えるし、また下に向けて打たれた銃弾は石畳に跳ね返され、人民の後頭部を直撃したという目撃談もある。打たれた人民は 血を噴出して即死した。

 1989年6月のことはよく覚えている。
 高校時代の同級生の一人に、北京大学に留学した者がいることは知っていた。久しぶりに彼の姿を見かけたのは、新聞紙面にある天安門事件に際し仲間の安否を心配し号泣する彼の姿、――彼はその後もかの国に留まり人民の一人となっていた。

 前述した北朝鮮にしても天安門事件は衝撃だったという。
 当時、北朝鮮の政府当局の一員で、中国国内で諜報活動を展開していた一人が告白した。彼はその後脱北したのだが、そんな彼の口からは「北朝鮮にとって天 安門事件は ”ショック” だった」という言葉が漏れ落ちた。なぜなら、共産主義・社会主義国家において政府当局が見なすところの ”反社会的活動” は有り得ない、とされてきたからだ。しかし、現実に「それ」は起こったのだ。 
 北朝鮮は中国国境付近の警備を強化し、人民の思想教育に更なる血筋を上げることになる。

 天安門事件では一体何人の人民が犠牲になったのか?
 政府当局は300人と言い、人民は1000人とも3000人とも主張している。しかし、これはわずか25年前の出来事である。その犠牲者すらまともにカ ウントできない国家がでかい面して世界のマエストロのように闊歩しているさまが滑稽でもあるし、世界の救い難い状況を増幅させている。

 こんなことでは中国が訴える「南京大虐殺」など、実は存在しなかったのではないか?とすら思えてくる。25年前の事件すら検証できない国家が何をか言うや!である。

 「天安門事件に向き合えない中国は日本の歴史認識を批判する資格があるのか!?」

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