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平和の伝道者-NARASIAの旅(その一) 〔孫 犁冰〕

     

孫 犁冰b

孫 犁冰 (新潟青陵大学短期大学部 人間総合学科 准教授)

皆様の中で、「NARASIA」をご存知の方はいらっしゃいますか?

 1945年8月6日、米軍が広島に原子爆弾を投下した。その日、15歳の平山郁夫が広島市内で被爆した。平山少年は喉の渇きを癒そうとして水を探したが、見つけた井戸のそばに横たわる死体を目の当たりにして、水を諦め命拾いができた。

 その12年後、画家を目指した27歳の平山は体が衰弱し、医師に「白血病」だと告げられた。平山は愕然とした。「もし、これで一生が終わるようなことになれば、せめて一枚でもよいから、残るような絵を描きたい」と強く願った。この恐怖感と危機感が平山を仏教世界へ導いたのだ。

 1959年に『仏教伝来』という日本画作品を発表した。広島の被爆体験を経た平山にはあの地獄のような悲惨さと反対に、子供の頃の暖かい人情や自然に安らぎを求めていた。『仏教伝来』には馬に乗っている玄奘三蔵が描かれた。

 構図を練り始めた時に、「往路」にするか、「帰路」にするかで、平山が悩んでいた。

仏教伝来

平山郁夫 『仏教伝来』

 「往路だとすれば、玄奘の心を占めているのは大きな希望である。旅の危険に対する恐怖はあるものの、使命感がそれを凌駕する積極的な意志を彼に与えたはずだ。また、帰路と設定すれば、玄奘の心は目的を一応果たした者の持つ満足感で満たされているだろう。肉体的には疲労の極まりに達したものの、伝道者として故国に帰る自覚から喜びに溢れている。もちろんこの先、越えていかなければならない砂漠や雪の山道に対する覚悟は秘められているが、咲き乱れる花々や、飛び交う鳥たちの歌が一時の安らぎを与えてくれている。」結果、帰路と設定した。

 『仏教伝来』を皮切りに、29歳の平山が独自の哲学と画風を樹立し、原爆後遺症の苦痛と戦いながら平和の使者としての旅を始めたのだ。

 2009年12月2日、偉大な画家平山郁夫先生が79年間「平和の伝道者」の旅を終え、永遠の命を得られた。

 平山先生が委員長を務めた「日本と東アジアの未来を考える会」は、先生の遺志を受け継ぎ、2010年、奈良で平城遷都1300年記念事業を盛大に行った。
 その記念事業のキャッチフレーズこそが「奈良とアジアの繋がり」を意味する「NARASIA」だ。

 渦巻いている時代の潮流が滔々と流れ、それが「N-A-R-A-S-I-A」に聞こえてくる。

 バトンタッチをし、「平和の伝道者」のリレーを続けよう!

 

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